世界の終わりは坂道で

 本屋から出た時、辺りはもう暗く、夜にさしかかっていた。
 雨はひっきりなしにザァザァ降っている。
 つい先程まで、真っ黒なビルディングと七色のネオンが重なりあった湿っぽい町中で、生気のない色をした傘とレインコートをまとった人々の喧騒を掻き分けてきたことを思い返すと、またどっと疲れが湧いてくる。
 ふと、店の入口のすぐ近くに、制服を着た女子がずぶ濡れになって立っているのに気付いた。私は冗談交じりに彼女に向かって傘を差し出すと、「こんなに濡れるまで、何やっているんですか?」と尋ねた。
 彼女は私に顔を挙げたが、辺りの暗さと雨によって歪む街灯の光に気を取られたせいで、その表情はどんなものだったのか、よくは判らなかった。ただ、彼女は「特に何も…」と短く、呟くように答えただけだった。
 止せば良いものを、私は少し調子に乗って「良かったら、お望みのところまでお送りしましょうか?」と言ってやった。
 その時の彼女の表情も、やっぱりよく判らない。驚いていたか、困惑していたか……。
 いずれにせよ、彼女は何も言わず、濡れるがままにどこかへ行ってしまった。
「まあ、こうなるだろうな」と、大方予想通りの結果に苦笑しつつ、「好きにすればいいさ」と、呟いてから私は傘をさすのを止めて、雨に濡れるのも構わず歩き出した。
 線路沿いの坂道に差し掛かるころ、雨はさっきまでの土砂降りが嘘のように止んで、無数の音は一瞬にして消えた。
 静まり返った坂道には、初め、私しか居ないと思っていたが、よくよく前方を見れば、人がぽつ、ぽつと立っている。そのほとんどが普段着か、台所に立つ主婦の姿であることから察するに、この人達はこの坂の近くに住んでいる住民だろう。
 しかし、皆、揃いも揃って、夜の空を眺めているのは何故だろう?
 そんなことを思っていると、ふいに周囲が、まるで夜明けを迎えたように明るくなった。
 私も空を見上げると、長い光の尾を持った光球が、幾つも夜空に現れては流れ、そして弾けるように様々な色彩が入り乱れた光を炸裂させては消えていった。
 あれは、彗星だろうか?
 もっと空高く見上げる。
 光球が炸裂する度に、空はまるで昼のように明るくなっていった。
 こうして照らされた空には、いつもはただ、ばらっと空に散りばめられた光のドットのようにしか見えていなかった星々が、はっきりと、それらが球体であることが判るくらいに大きくなっていた。
 周りの人々も、それに気づき始めたか、恐怖と歓喜の入り乱れた声を挙げている。
 空はもう、いつもの黒い色を、忘れていた。
 星は、ビー玉くらいの大きさになって、その色とりどりの表面が、肉眼で判るまでになっている。
 あの星は、チリチリと表面が燃え盛り、あの星は、密度の濃い大気がドロリと虹色の渦を巻いている。
 どの星が先にぶつかるかは大した問題じゃないだろう。
 押しつぶされるか、飲み込まれるか、焼き尽くされるか……。
 どれであろうと、行き着く先は皆同じだ。
 遠くから、警報が聞こえてくる――。


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